至高のスピードへの挑戦

 サンフランシスコ湾で開催された第34回アメリカズカップ*1。勝者が手にする優勝杯は、国際スポーツ大会では最古のものだ。だが、現代のヨットレースの技術には、みじんの古さもない。オラクル・チームUSAのCEO、ラッセル・クーツ氏がいうように、2013年のアメリカズカップは、原始家族フリントストーン世代ではなく、Facebook世代にふさわしいルールでおこなわれた。オラクル・チームUSAはそれに合わせ、カップ防衛の切り札としてITを活用した。


オラクル・チームUSAのIT担当ディレクターのアシム・カーン氏(左)と設計チームのコーディネーターのイアン・バーンズ氏は、OracleデータベースとOracle Exadata X3-2を利用して、練習走行の技術的なパフォーマンス・データを収集および処理し、艇の設計改良やパフォーマンスの向上に活かしている

 オラクル・チームUSAは多角的なIT戦略を採り入れている。その筆頭が、すべての練習走行で収集するパフォーマンスデータだ。「ITによるパフォーマンス分析の中核を成すのは、走行中の情報を収集して処理を加え、乗組員や設計者に有益なフィードバックを提供して、艇の設計とパフォーマンスの向上を図ることです」と、設計チームのコーディネーターを務めるイアン・バーンズ氏は話す。

 試合艇の各所に取り付けられた300個以上のセンサーは膨大なデータを収集し、ハル(艇体)のサーバーに転送している。これらのセンサーの役割は、マスト、ハル、セイル(帆)にかかる圧力の計測、ジブ(船首の三角形の帆)からウインチに至るさまざまなパーツで生じる荷重の把握、セイルトリマー(帆の調整を担当する乗組員)が加えた調整の効果の確認などだ。走行中は、ヨット全体でこうした3,000以上のデータを毎秒約10回生成している。また、複数の動画の生成や、毎秒の静止画撮影もおこなっている。


300個以上のセンサーが3,000以上のデータを毎秒約10回生成している。オラクル・チームUSAでIT担当ディレクターを務めるアシム・カーン氏によると、通常の練習走行1回で生成されるデータの量は、パフォーマンスのローデータが1GB、動画が150~200GBだ

 オラクル・チームUSAでIT担当ディレクターを務めるアシム・カーン氏によると、通常の練習走行1回で生成されるデータの量は、パフォーマンスのローデータが1ギガバイト(GB)、動画が150~200GBだ。同氏は1日の終わりにこれらのデータを陸上に設置したOracle Exadata Database Machine X3-2(以下、Oracle Exadata X3-2)にダウンロード。2013年のアメリカズカップ防衛を果たすための約80GB分の気象データ、船体データ、パフォーマンス・メタデータや、これまでのレースで得たデータなどと組み合わせている。

 同チームは、パフォーマンスのローデータから得た貴重な情報と動画や写真を、パフォーマンス分析や過去データの詳細分析に活用している。ポイントは、それぞれの利用シーンに合わせて情報の伝達を調整していることだ。「情報を、容易に、そしてシンプルなかたちで利用してもらえるよう手を尽くしています。これによって情報の認知度を高め、危機的な意思決定を減らすことができます」とバーンズ氏は話す。

リアルタイム分析

 オラクル・チームUSAでは、日々の走行で伴走艇が試合艇であるAC72と走行している。伴走艇はリアルタイムの分析ハブの役割を果たす。4人で構成されるパフォーマンスチームが設定した約150の主要なパラメータで構成されるデータフィードは、伴走艇にあるOracleデータベースのインスタンスにリアルタイムで転送される。パフォーマンスチームは陸上のOracle Exadata X3-2への4G接続も可能で、過去のデータを利用した比較分析も可能だ。

 パフォーマンスチームがおこなう分析は多岐にわたる。すべてはヨットのパフォーマンスを最適化するためのもので、分析結果は無線で乗組員に伝えられる。このチームのうち、1人はセイルとウイングのデータを分析し、もう1人はデータの傾向を割り出す。システム技術者はシステムそのものを監視する。そしてバーンズ氏は、乗組員の視点でデータを把握する。

 「我々は、艇の構成から試走時の風や海面の状況の監視に至るまで、数値を常にチェックし、結果が万全であることを確認して、最後に結果を乗組員に直接伝えています」とバーンズ氏は説明する。「時には、10個、20個、30個といった変数をきわめて複雑に組み合わせた、時系列式のアルゴリズムによる分析が必要になることもあります。気象分析という面で、次の数秒、数分、数時間に何が起きるかを予測するためです」。

「リアルタイムのデータを瞬時に得ることが重要な鍵になります」

オラクル・チームUSA スキッパー
ジミー・スピットヒル氏

オラクル・チームUSAの乗組員は、前腕部や手首に装着した頑丈なPDAで加工したデータフィードをリアルタイムで受け取り、走行パフォーマンス向上に活かす。スキッパー(艇長)のジミー・スピットヒル氏は、「艇上では常に限界の状態にありますから、一線を越えないことはきわめて重要です」と話す

 乗組員もリアルタイム分析を活用している。各乗組員は、前腕部や手首に装着した頑丈なPDAで加工したデータフィードをリアルタイムで受け取り、走行パフォーマンスの向上に活用している。また、艇上の所定の場所には数台のタブレット端末があり、風速などの一般的なデータが表示される。スキッパー(艇長)のジミー・スピットヒル氏は、「艇上では常に限界の状態にありますから、一線を越えないことはきわめて重要です。そのためには、リアルタイムのデータを瞬時に得ることが重要な鍵になります」と話す。

 乗組員のジルベルト・ノビリ氏は、ウイングセイルなどの各部につながったウインチを回すグラインダーを務める傍ら、すべてのPDAとタブレット端末のプログラムをJavaで開発している。同氏はJavaの拡張性が気に入っているという。「一度作成したJavaのコードは、さまざまなデバイスで利用することができます」(ノビリ氏)。また、30台ものデバイスを高頻度で更新し続けながら、無線ネットワークが過負荷にならないような軽いコードであることも必要だ。「走行は基本的に数字をもとにおこなっているので、ネットワークの問題で情報が数秒遅れただけでも大問題となります。とくに現在の試合艇は、フォイルと呼ばれる薄いダガーボード(横流れを防止するための船艇下部の板)で浮くように走行することが重要です。そのためには、きわめて正確なリアルタイムの情報が不可欠なのです」。

陸上での分析

 岸に戻ったら、試合艇のサーバーと伴走艇のデータベースを、陸上のOracle Exadata X3-2のOracleデータベース・インスタンスに同期する。

 データを収集してダウンロードし、クレンジングをおこなって分析可能にするのはカーン氏の役目だ。同氏によると、Oracle Exadata X3-2へ2つの方法でデータを取り込んでいる。1つは4G接続からリアルタイムで取り込む小規模なデータ。もう1つは、艇が基地に戻ってからダウンロードする残りのデータだ。また、伴走艇のOracleデータベースのインスタンスに入っているパフォーマンスデータも、同氏が陸上のシステムに同期する。この一連のプロセスを高速化するため、カーン氏は外部表を利用している。データベースの表をファイルにマッピングし、そこからデータを読み込める機能だ。「測定対象の変数が変わるのに合わせて、データセットも毎日のように変わります。外部表なら動的なデータを読み込むことができ、プロシージャの再コンパイルが必要ありません」(カーン氏)。

 カーン氏は、Oracleデータベースはチームのオペレーションにおけるバックボーンだと考えている。「我々は、いわば一元的な管理ツールのようなかたちでOracleデータベースを利用しています。従来型のクエリやカスタムメイドのツールから、Oracle Application Express*2ベースのWebページやモバイル・アプリケーションに至るまで、データベースへのアクセス方法は多彩です」(カーン氏)。

レース・カッター

 もっとも広く利用されているツールが、「Race Cutter」と名付けられたカスタム・アプリケーションだ。Oracle Exadata X3-2からセンサーデータを取得するもので、動画、写真、音声のストリームを、ローデータの数字と同期するメタデータマーカーの機能がある。

 クリックして特定の時点を選ぶと、そのタイムスタンプに関係するすべての情報を参照できるようになっている。「大勢の人がさまざまな目的で利用するツールの典型的な例です」と、パフォーマンス・グループのコンピュータ・エンジニア、ハビエル・クエバス・ドミンゴ氏は話す。

 たとえば、設計チームや航行チームは、特定の時点の情報を参照し、ダガーボードにかかる圧力やロープにかかる負荷など、パフォーマンスに関連する要素をいくつでも分析できる。「特定の時点をクリックすると、さまざまなアングルのカメラによる写真と動画にジャンプできます」とバーンズ氏は説明する。

 Race Cutterは、それぞれの練習走行を振り返るためのツールとしても利用されている。チームメンバーは3台の大画面テレビの周りに集まり、走行に磨きをかける方法を探る。タイムスタンプで強調表示されている“イベント”という部分をクリックすると、その時点についてコーチのフィリップ・プレスティ氏が語ったコメントを聞いたり、一連の試走の流れを振り返ったりすることができる。

 「今日のデータを別の日のデータと比較することもできます。また、乗組員の主観的な印象を、実際のデータと照らし合わせることにも適しています。こうすれば、実際何が起きていたのかを乗組員が理解しやすくなります」とドミンゴ氏は話す。

従来型のクエリ

 カーン氏は、1艇で試走をおこなう場合の、設計者や乗組員の課題解決をサポートするためのレポートも作成している。ヨットの規格が変わったことで、多くのチームは練習の大部分を1艇のみでおこなっている。2艇で走行してデータを互いに比較することができないため、データセットの比較によって数値的にパフォーマンス分析をおこなわなくてはならない。ある推計によると、1艇での試走の場合、十分な結果を得るために収集すべきデータは40倍に増えるという。

 「別の日の航行データと比較したり、自ら生成した目標データと比較したりしています」とカーン氏は話す。同氏は、特定の条件下におけるダガーボードの挙動から、一定範囲の風速における艇のパフォーマンス比較に至るまで、多種多様な要求に的確に応えている。たとえば、操艇中のラダーの使用状況を調べたレポートを作成してほしいという要求を最近受けたという。「まずデータセットのなかで操艇の部分を特定し、ラダーをどのように使用したかを分析しました。ラダーの角度の大小や、変更の割合などです。長いスパンで見た場合の平均値やピーク値を知ることで、より効率的なラダーを設計できるようになりました」(カーン氏)。

Oracle Application Expressでデータ利用を容易に

 オラクル・チームUSAは、データを簡単かつシンプルに利用できるようにするために、Oracle Application Expressによるアプリケーション開発を活用している。たとえば、チームがパフォーマンステストで生成するデータセットに関して、データの品質管理をシンプルにするアプリケーションもその1つだ。パフォーマンステストでは、時間を区切った短距離の高速直線走行をおこない、多種多様なパラメータを測定する。チームは1日に60~70回の試走をおこない、それぞれの試走をデータポイントとして利用する。

 カーン氏は、第2レベルの品質管理を自動化する目的でもOracle Application Expressを利用して、同氏が“メタデータ”と呼ぶさまざまなデータを、乗組員がチェックして修正できるようにするWebページを作成している。ここでいうメタデータとは、テストそのものに関するデータのことだ。開始時刻、終了時刻、試走中のウイングセイル(翼断面の縦帆)のトリムなどのデータを、パフォーマンスチームが手動で入力する。「基本的には、海上でどのような操作をおこなっていたかを示すデータです」とカーン氏は説明する。

 乗組員は各自の担当に関係するページでデータを確認する。たとえば、帆の調整を担当するセイルトリマーのページには、練習走行時とその間の正式な試走時にセイルに加えたすべての変更が示されている。このページで、データに不審な点がないかを確認できる。

 たとえば、タッキング(風に向かって帆走している船の舳先を変えて風が吹きつける舷側を変える操船)でのセイルの上げ下げの違いなどだ。そして、調査をおこなって変更を加えることができる。「Oracle Application Expressのページは、こうした手入力で変更したり、データを処理して反映したりするためのインタフェースになります」とカーン氏は話す。

 秀逸なのは、1度設定したらあとはノータッチという点だ。カーン氏は、「クエリを作成し、Oracle Application ExpressでWebページに配置します。ユーザーがページを読み込むたびにクエリが更新され、私は何もする必要がありません」と話す。

 乗組員は、Oracle Application Expressベースのモバイル・アプリケーションも利用している。航行の準備に必要な250項目に及ぶチェックリストを自動化するアプリケーションだ。「これは、データベースとモバイル・テクノロジーの理想的な活用法といえます。Oracle Application Expressは、広範囲にわたるモバイル・データ・アクセスのためのきわめて強力なツールです」とバーンズ氏は話す。

 チームのあらゆる部分でデータ活用が急速に増えるなか、成否を分けるのはまさに、艇のパフォーマンスだ。カーン氏はこう語る。「我々は、パフォーマンスの向上を、それにかかった時間との関係でとらえています。この艇は進水からレースまでの間、コース上での純粋な速度が20~30%向上しました。データをあまり活用していなかった以前の大会での速度向上は、これよりはるかに小さなものでした」。

*1 1851年から続く国際ヨットレース、および優勝杯の名称。競技は優勝杯を懸け1対1で競われ、参加国の威信を懸けた国別対抗レースとして、さまざまな最先端技術が投入される。2013年の第34回アメリカズカップは、挑戦艇決定シリーズを勝ち抜いたエミレーツ・チーム・ニュージー  ランドとオラクル・チームUSAによる対戦となり、オラクル・チームUSAが逆転の末勝利した
*2 Oracleデータベース用の宣言型高速Webアプリケーション開発ツール

卓越したデータベース・パフォーマンス

 スピードは、オラクル・チームUSAにとってレースでの勝利に不可欠な要素だ。そこで同チームは、記録的なパフォーマンスを誇るOracle Exadata X3-2を採用した。

 システムは2013年4月に導入されたばかりだが、オラクル・チームUSAの「IT担当ディレクター、アシム・カーン氏によると、Oracle Exadataを採用したことでシステムのパフォーマンスに飛躍的な向上が見られるという。「CPUにかかる負荷の大きいタスクで見ると、処理は約10倍高速化されました。I/O負荷の大きいタスクでも約20%高速化しています」と同氏は話す。パフォーマンスは今後ますます向上すると考えている。

 カーン氏が何より満足しているのは、重要な情報を迅速に取得し、乗組員に提示できるという点だ。「艇から下りた乗組員は、うまくいっているのかどうかを、実際の数字で客観的に把握したいと考えています。そこで我々は、特定の時間枠のなかで突出している変数を割り出し、艇上での乗組員の感覚を検証しています」(カーン氏)。

 以前のシステムでは、データの収集とインポートからレポートの実行まで、30~40分かかっていた。丸1日奮闘したあとの乗組員にとっては長い待ち時間だ。しかし、走行中の記憶がまだ新しいうちにデータを提示することは重要だとカーン氏は話す。「走行当日は乗組員の記憶に残っている情報も、翌日まで待つと、その多くが消え去ってしまいます。したがって、待ち時間を40分から10分に短縮することは重要です。Oracle Exadataは劇的な効果をもたらしています」。

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